2009年06月28日

教えること

今日は私の生徒さんが、あるピアノコンクールに出場。
見事に予選通過!
良かった〜〜。ホッとしました。

子どものコンクールというのは、良い面もあれば悪い面もある。
舞台でお辞儀をしても拍手もなく(「オーディションなので拍手はしないでください」とのアナウンス。拍手くらいあってもいいのになぁ。)、シーンと静まった中でベルトコンベアのように流れ作業的に同じような課題曲を延々と弾いていく姿を見ていると、なんだか、可哀想というか…音楽の一番美味しいところを忘れてしまっている気もしてしまうなぁ。

でも、一応「先生」という立場から、いろいろな子の演奏を聴いていると勉強になることがたくさんある。
子どもに、その時代のその作曲家の特性をどれだけ理解させるか、というのは本当に難しい話。
例えば、ハチャトリアン。旋律が美しい、子どものための短い、ゆったりとした物悲しい小曲。
本来ならばロシアものの無骨なロマン、彼の大胆さやスケール感を、ガイーヌなどを聴かせてちゃんと伝えるべきだったなと、改めて思う。
メロディが美しい曲は、どうしてもロマン派的に甘くロマンティックに弾かせてしまいがち。そのほうが、教えるのは楽だ。旋律を歌うのが得意な子であれば特にそう。気持ち良さそうに弾くまだ身体も細い小学生に、もっと達観してロシア的に、などと言ってもなぁ…と最初から諦めて、そこまで突っ込んで伝えなかったのは教える側の責任だ、と、いろいろな演奏を聴きながら改めて反省したのでした。
難しい…。
何よりも、そこまで辿り着く前に、山のようにやらなくてはいけない事があるし。
和声や構成やフレージングといった基本的な音楽作り、リズム感、タッチ、ペダリング、自分の音を聴くということなどなどなどなど…。

我が生徒さんは、本当に頑張りやさんで、素直によく喰らいついてきてくれる。
また本選まで頑張ってほしいな。


しかし、面白かった。
コンクールに出場してくる子たちが、どんなことをどんな風にそれぞれの先生に教わっているんだろう、と想像しながら聴くのは、ある意味他の先生方の技を盗むことでもある。
子どものための短いバロックや古典ものは、全く誤魔化しがきかない丸裸状態。いろんなことが見えて面白かった。
「教える」ということの奥深さを痛感した一日。
それぞれの子の資質を伸ばしながらも、コンクールでも通用する音楽を教えるって、至難の業だなぁ…。

IMGP1084.JPG IMGP1085.JPG
まだ二歳の甥っ子とは、音で遊ぶ。楽しさを身体中で表現できるこの歳の子が羨ましいことも。


posted by ikuko at 23:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 昨日、大賞を取った子の親と偶然知り合いになったと奥さんから聞きました。その子は、学校から帰ってきてから、毎日3時間自主的に練習したとのこと。彼女はその努力の成果が現れたと思います。
 うちの子は、その子ほどじゃないけれども、毎週わざわざグランドピアノがあるところまで行って練習してましたし、もちろんお家でも奥さんと二人三脚でやっていました。
 昨日、こどもに対して、「ちゃんと神様が見ておられて、努力したり頑張った人には、ちゃんと結果が出てくるものだよ」って言いました。ぼくは、その過程が大切だと思いました。
 今回は、運良く結果もでましたが、ある目標を決めてそれに向かって行動するその姿勢からは、いずれ人生のいろんな時に、役に立ってくるものだと信じています。
 いくこ先生、これからもご指導をお願いします。
 なお、親ばかですみませんでした。
Posted by こうな at 2009年06月29日 06:19
>こうなさん
いつもありがとうございます。Nちゃん、頑張ってくれましたよね!私もすごく嬉しいです。
コンクールは「水物」でして、いくら頑張ってもその時の運で結果が出ない事も多々あります。なので、良くても悪くてもあまり結果に左右されずに、とにかく一年前に比べてNちゃんの底力がアップしたことは確実なので(言ったことに対する反応がすごく良くなってきています)、何よりもそこを褒めてあげたいなぁと思っています。
次は、本選に向けて、また一緒に頑張っていきたいです。
Posted by ikuko at 2009年06月30日 01:00
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